愛知県岡崎市にあります東本願寺(真宗大谷派)のお寺です。「こうれんじ」と読みます。鎌倉時代に創建され親鸞聖人の教えを伝えています。古くから地元の方々に親しまれてきました。戦災によりかつての伽藍は焼失し、昭和の時代に新しい本堂、庫裏となっています。
毎年、11月8日、9日は浄土真宗の宗祖親鸞聖人のご法事である「報恩講」をお勤めし、春秋の祠堂法要(永代経)など法要、法話会、写経の会なども多くの人々が足を運ばれます。また、「花まつり」や「ほうおんこうこどもまつり」、「キッズサンガ」など子ども向けの楽しい行事も行っています。
◆写経の会、法話会、子どもさんむけの行事など楽しいイベントも行っており、地域に密着し、市民に開かれたお寺をめざしています。
◆本堂は、椅子席になっており冷暖房も完備しています。換気扇も2台設置し感染症対策もしております。
◆安心して葬儀や法事を行っていただけるように、形式・費用・お布施など相談におこたえしております。まずはお気軽にご相談ください。
◆永代供養墓「同朋の墓」個別納骨「ゆい」・合祀納骨「とわ」・小さなお墓「えにし」のご案内もございます。
本山 : 真宗本廟・東本願寺(京都)
宗派 : 真宗大谷派
場所 : 愛知県岡崎市亀井町2丁目34番地
山号 : 亀井山
【主な年中行事】
◆報恩講 11月8日13時半~、9日10時~
◆春の祠堂法要 4月11日13時半~
◆盂蘭盆会 8月11日15時~
◆秋の祠堂法要 9月11日13時半~
◆写経の会、法話会 主に11日に開催 (
最新情報や
instagramや
Facebookでお知らせしております)
◆子どもの行事 花まつり(4月)、夏休みなぞときウォークラリー(7月)、
ほうおんこう子どもまつり(11月)、冬休みキッズカフェ(1月)
【興蓮寺の歴史】
興蓮寺の開創(かいそう)の時期は鎌倉時代の宝治年間(1247~1249年)ごろと伝えられています。開基(かいき)は慶圓(きょうえん)法師、現住職は第三十一世になります。
天台宗の坂本西教寺起覚僧正(1204年寂 三河の人)の弟子慶圓(1258年寂 教圓とも記される)は、起覚が晩年三河に建立された高宮山万弘寺を継ぎました。その後、親鸞聖人(しんらんしょうにん)が関東から京都にお帰りになる途中(1235年頃)、三河に滞在された折、その教化を受けて弟子となりました。そして宝治年間(1247~1249年)、乙川河畔の亀井戸(現在の岡崎市六地蔵町あたり)に真宗の道場を開いたと伝えられています。山号「亀井山」はこの地名にちなんだものと思われます。
1468年(応仁2年)八世行専坊教賢は三河に訪れた本願寺八代蓮如上人(れんにょしょうにん)の弟子となり、真向の御影と六字名号を下附されました。
十四世了願は1627年(寛永4年)乙川河畔の敷地を尾州海東郡荷上村光蓮寺の弟祐乗(1659年寂)に譲り大阪に移転しました。祐乗はそれまでの寺号の萬徳寺を興蓮寺と改めましたので興蓮寺中興寺号開基と称されています。了願はその後、三河に戻り、萬徳寺は了寂が継ぎました。
慶安年間(1648~1652年)岡崎城下の火災のため堂宇を焼失。その後、朝鮮通信使などを饗応するため御馳走(ごちそう)屋敷(やしき)が当地に移設されたため、1655年(承応4年)現在地に移転しました。
寛文年間(1661~1672年)には小呂(おろ)村神明宮の本地仏、阿弥陀如来立像を当山に迎えました。
1945年(昭和20年)7月、太平洋戦争の空襲によって鐘楼を除く建物を焼失。戦後しばらく仮御堂でしのぎ、1965年(昭和40年)に本堂を再建、1989年(平成元年)に庫裡を全面改築し戦後復興を果たしました。また2008年(平成20年)には老朽化した鐘楼の改修を行いましたが、棟札によれば1918年(大正7年)に修理されたと記録されていますので、建立年はさらに50年程前と推察されます。梵鐘は戦時中、国に供出したため1958年(昭和33年)に鋳造されたものです。